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登山中に起きたパニック発作

登山中に起きたパニック発作
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この記事にはパニック発作に関する具体的な体験談が書かれています。 特にパニック発作の経験者は症状の悪化に繋がる可能性もあるので、記事を読み進める際はご注意ください。

また著者は専門医師ではありません。 記事の内容は全て個人的な経験に基づく主観的なものです。

登山中に起きたパニック発作

自分は過去に二度、登山中にパニック発作に襲われたことがある。 一度目は富士山の山頂で、二度目はネパールのトレッキング中のことだった。

今でこそパニック発作のことを理解しているので仮にまた発作が起きてもある程度は冷静になれるだろう。 しかし当時はなぜそんな発作が起きたのかわからず、死の恐怖を存分に味わうこととなった。

パニック発作とパニック障害

このパニック発作あるいはパニック障害という言葉は情報に溢れる現代でも未だに誤解されがちなもののひとつだ。

「パニック」という言葉は一般的に「頭が混乱して何をどうしていいのかわからない」といったような状況で使われることが多い。 「次から次へと案件が舞い込んできてパニックになってしまった」とか「突然ワニが現れて周辺の人々がパニックに陥った」といったような使われ方だ。

これも正しい使い方ではあるが、パニック発作、あるいはパニック障害と表現する場合は意味が異なってくる。

パニック発作は経験したことのない人に説明するのはなかなか難しい。

特に何かがあったわけでもないのに、「あれ、何か調子が悪い気がするな」と思ったらそこから数分程度の間で急激にめまいや激しい動悸を感じるようになり、手足が痺れて立っていられなくなり、冷や汗がだらだらと流れ出し、強い窒息感に現実的な死の恐怖を感じ、しかししばらく放っておくとその内自然に症状が消える。 人によって症状は多少違うかもしれないが、パニック発作とは概ねそんな感じのものだ。

不思議なのはこれだけはっきりと肉体に症状が現れているのに、実際はどこにも悪い部分が見当たらないことだ。 症状は放っておけばその内自然に治まり、その後は何事もなかったかのように体は正常な状態へ戻る。

パニック発作は単発的に発生することもあるが、それが一定の状況下などで繰り返し起こるようになると今度はパニック障害と見なされる。

富士山で起きた初めてのパニック発作

吉田登山道山頂の久須志神社

初めてのパニック発作は10月末の富士山山頂付近で起きた。

その日は単独で富士山の吉田登山道を登っていた。 天気予報は良かったのだが、6合目辺りから雪がちらつき始め、8合目付近では本格的な雪に変わっていった。 体力的には問題なく、順調に吉田登山道を登り切って久須志神社の前へ出た。

この時期山頂の山小屋や神社は全て閉鎖されており、天気のせいもあって周囲に人影はまったく見られなかった。 風がだいぶ強くなってきていたので、閉鎖された建物の入口のわずかな凹みに隠れて少し休もうとした。 上の写真の右奥に見える赤黒い扉の前だった。

その時、唐突にその症状が現れた。

最初は「少し息苦しいかな」というわずかな違和感だった。 富士山の山頂なのでそもそも酸素はだいぶ薄い。 歩き続けていたので呼吸が少し乱れているだけで、少しすればすぐ落ち着くだろうと思っていた。

しかしその直後から急激に動悸が激しくなり、息苦しさは危険を感じるレベルまで酷くなった。 どれだけ深く呼吸を繰り返しても酸素が足りない感じがして、どんどん呼吸が荒くなっていく。 数分もすると手足が強く痺れてきて立っていられなくなり、雪の上に倒れ込んだ。 これが町中なら誰かしらが助けてくれるかもしれないが、周囲に人影はまったくない。 このまま動けなくなったら凍死は確実だ。

やむを得ずスマホで緊急通報しようと試みるが、指が痺れてスマホを取り出すことができない。 手をゆるく開いた状態から指が動かないのだ。 力を入れても指がぴくぴくと数mm動くだけで物を握るような動作がまったくできない。

「本当に死ぬ」という強い恐怖に襲われた。

この時はまだパニック発作の事を知らなかったので、本当に体に不調があって動かなくなっているのだと思った。 息苦しさが非常に強かったので酸欠を疑い意識的に深呼吸を繰り返したりもした。 この深呼吸は過呼吸にも繋がるので良くなかったのだが、誤解とはいえ「酸素さえしっかり吸えば動けるようになるはず」と思い込んだことで心理的には若干冷静になることができた。

結果的に15分程すると症状は急速に落ち着いていった。 元々パニック発作は時間経過で自然に治まるものなのだが、当時はこれを知らなかったので「深呼吸のおかげで動けるようになった」と勘違いした。

何にせよ症状が治まった後は嘘のように正常な状態へ戻ったため、若干の不安を覚えつつも予定通り登山を継続した。

御殿場登山道から見上げる山頂

これで一安心と思っていたのだが、山頂から下山する途中に9合目付近で再びパニック発作が起きた。

症状は先程とまったく同じ。 しかし直前に山頂でその症状から問題なく回復するという経験をしていたため、この時は比較的冷静でいられた。 雪の上に倒れたまま深く静かに呼吸を繰り返して症状が治まるのをじっと待つ。 落ち着いていたおかげか、最初の時に比べるとだいぶ短い時間で症状が落ち着いた。

その後は富士宮登山道8合目の避難小屋で一泊し、翌日御殿場方面へ無事に下山することができた。

ネパールで起きた二度目のパニック発作

裏山へ続く道

二度目のパニック発作はネパールで経験した。

最終的にパニック発作の事を知ったのはこれよりさらに後のことになるため、このネパールでの発作の際もまだパニック発作の事は知らないままだった。

アンナプルナサーキットの途中にあるNawal(ナワル)という村でのことだった。 標高3600m程に位置するこの村に宿を取り、そのまま散歩に出かけた。 村の中心付近から裏山に続く登山道が見えたので景色を眺めようとそちらへ足を向けた。

村から若干標高を上げたとはいえ、富士山の山頂程度の高さだ。 ここまでの道中でも日数をかけて高所順応を続けており、高度障害が出るような状態ではなかった。

裏山から見下ろす風景

少し登った所で振り返り、村とヒマラヤの山並みを眺めていた。 なかなか素晴らしい風景なので写真を撮り、そろそろ宿に戻ろうかと思った頃にパニック発作に襲われた。

富士山の時と同様、唐突に襲い来る激しい動悸と死の恐怖を覚える程の窒息感。 仏塔の陰に座り込み、富士山の時のことを思い出して冷静に深呼吸を繰り返した。 この時もまだ原因は酸欠だと勘違いしていたので、かなりしっかりと深呼吸を繰り返してしまった。

恐らくこれが良くなかったのだろう。 過呼吸になったせいか手足の痺れが富士山の時よりもかなり酷くなってしまった。 まったく動けなくなって乾いた砂の上に倒れ込む。 そうして動けないまま何分経過したか。 富士山の時よりも明らかに症状の出ている時間が長い。

天気は良いが真冬の風がかなり冷たく、体温をどんどん奪っていく。 このままでは低体温症になってしまう。 幸い距離にして200mも斜面を下れば村に入ることができる。 立ち上がることは諦め、体を引きずって少しずつでも下ることにした。

高い木はないが、棘のある低木がまだらに生えている。 高価なダウンジャケットが砂まみれになり、棘に引っかかれて穴が空く。 しかしそんなことを気にしている余裕は一切なく、少しでも下へ体を引きずり下ろすことに全力を注いだ。

村までのわずかな距離をかなりの時間をかけて這い進み、半分程下りた辺りで村を歩く現地の女性がこちらに気付いた。 異変を感じたのか様子を見に来てくれて、そのまま肩を貸して近くの宿まで運んでくれた。

宿のストーブの前に座り、出されたニンニクのスープを少しずつ飲む。 過呼吸のせいか寒さのせいか、唇が痺れて口がまともに開かない。 少しだけ開いた口の隙間にこぼさないようにスープを流し込んだ。

30分程休ませてもらうと、ようやく症状が落ち着いた。 その後はやはり何事もなかったかのように体は元の状態へと戻っていた。

予期不安による症状の悪化

このように一度パニック発作を経験してしまうと、「似たような状況でまた同じような発作が起きるのではないか」という不安を感じるようになる場合がある。 これを予期不安というが、この予期不安自体が引き金となって発作が起こりやすくなるという悪循環に陥ることがある。

今でも山に行くとしばしばこの感覚に襲われることがある。 大して危険な場所でなくても、「万が一ここで発作が起きたら誰も助けてくれないし、本当に死んでしまうかもしれない」という考えが頭から離れなくなるのだ。 実際に強い症状が出る程の発作はしばらく起きていないが、軽い発作や、「パニック発作の前兆だ」と感じるようなことは今でもたまにある。

間接的な症状とリスク

過呼吸併発による症状の悪化

パニック発作で少し怖いのは実際に体内の酸素は足りているのに、窒息感があるため逆に酸素を取り込もうとしてしまうという点だ。 これにより酸素が供給過多となり、過呼吸の状態になっていく。 パニック発作での息苦しさと過呼吸の息苦しさは非常に感覚が似ているので、ますます酸素を吸いこもうとする悪循環に陥ってしまう。 それ自体が致命的な状況に繋がることはないが、余計に苦しくなるだけなので出来る事ならば避けたいところだ。

恐らく正解としてはごく自然に呼吸を続けることなのだろうが、発作の症状が出ている間は「もっと酸素を吸わないと本当に死んでしまう」という強迫めいた思考が頭から離れず、そうしたくてもなかなか実践できるものではない。

だがそのことをしっかりと頭で理解しておけば、実際に発作が出た時にも少しは冷静になることができるだろう。

間接的な死亡リスク

様々な情報を見る限り、パニック発作そのものが直接死亡に繋がることはないと思って良いようだ。

パニック発作は肉体に具体的な不具合があるわけではないので、言ってみれば「ものすごく苦しいだけ」なのだ。 その苦しさが真に迫っているため本人にとっては「本当に死にそう」だと感じるが、実際にそれが直接的な原因となって死亡することはないのだろう。

しかし自分が経験したように、周囲に誰もいない氷点下の冬山で強い風が吹いているような場合は話が別だ。 パニック発作で一時的に動けなくなっている内に低体温症で本当に体が動かなくなるというリスクがある。 そうなってしまったらパニック発作の症状が治まっても低体温症で動けないまま凍死してしまう可能性は充分にある。

そう考えれば決して楽観視することもできないだろう。

パニック発作への対処法

自分は専門家ではないので明確な対処法を伝授できるわけではないが、一番効果があると感じたのは結局のところ「大丈夫だと強く思い込む」ことだ。

パニック発作が起きても「大丈夫、酸素は足りている。苦しいけど普通に呼吸していればすぐに治まる。パニック発作で死ぬことはないから大丈夫」とひたすら思い込むのだ。 そうして可能な限り冷静に状況を見つめ、後はひたすら症状が治まるまで焦らずじっくりと待つことだ。 あるいは「そもそもパニック発作など起こらないのだ」と思い込むのも割と効果がある気がしている。

パニック発作は一度経験してしまうと完全に縁を切ることはなかなか難しくなる。 しかしパニック発作の事を正しく理解すればそれが恐ろしい病気ではないということがわかるはずだ。 そうしてまずは発作への恐れを無くしていく。

そんなところが最初の一歩になるのではないだろうか。

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