まだ登山を初めたばかりの頃、テン泊縦走中に酷い脱水状態になって救急車で運ばれたことがある。
その時は8月の中旬に愛媛県の石鎚山系を縦走していた。 真夏ではあるが標高1500m~1900m付近の稜線上はだいぶ涼しく、また朝から小雨が続いていて日差しもない。 湿度はかなり高いものの、絶妙に歩きやすい気温となっていた。
おかげで朝から快調に進んでいたが、夕方が近付いても良いキャンプ地が見つからず予定よりかなり長く歩くことになってしまった。 結局10時間以上歩いて、ようやく大座礼山の林道近くに良い場所を見つけてテントを張った。
いつも通り夕食に炊いた米を食べようとしたが、この時は何故か食欲がまったく湧かなかった。 口に米を入れてもなかなか飲み込めず、味もなんだか美味しく感じない。
この時点ではまだ体調が悪いと言う程ではなく、「長時間歩いて体がだいぶ疲れているんだな」と感じる程度だった。
どうにも食事を受け付けないのでとりあえず今日は休もうと寝袋に入る。 そのまま一度は眠りに就いたが、3時間程で目が覚めた。 時計を見るとまだ真夜中だ。 その時になってようやく自分の体がだいぶおかしくなっていることに気が付いた。
胸の中や腹の中に鈍い気持ち悪さが渦巻いている。 一度上半身を起こそうとしたら猛烈なめまいと吐き気がして倒れ込んでしまった。 実際に嘔吐することはなかったが、頭の中がぐるぐるして気持ち悪い。 暑いわけではないのに脂汗がだらだら流れて全身がびっしょりになった。 しばらく横になり気持ちを落ち着かせてからもう一度上半身を起こそうとしたが、結果は同じだった。
この頃はまだ登山を始めたばかりなのもあり、またそれまで運動をするようなタイプではなかったので脱水に対する意識がかなり低かった。 こうやってテントの中でぐったりと横たわることしかできなくなってようやく「もしかしたら昼間にあまり水分を摂らなかったのが原因ではないか」と考えるに至った。
しかし時すでに遅し。 もうこの時点で自力でどうこうできる状態ではなかった。 若干迷いもしたが、他に選択肢が無く119番へ電話をかけることにした。 電波が1本立ったり立たなかったりというぎりぎりの状態だったが、無事救急へ連絡することができた。 今思えばこの時わずかとはいえ電波が入ってくれて本当に良かった。 もしここで電波が入らなかったらどうなっていたか、想像するだけで恐ろしい。
さて、救急に電話が繋がったのは良いが、すぐに救急車が出動、とはならなかった。
救急「場所はどこですか」
自分「大座礼山のこの登山口の標高何mの・・・」
救急「そこは恐らく愛媛県の管轄なので愛媛県の救急に繋ぎます」
大座礼山は愛媛県と高知県の県境にある山なのだが、最初の電話で繋がったのは高知県の救急だったのだ。 余程差し迫った事情がない限り、警察や救急は管轄を越えた活動を行わない。 現場がちょうど県境に近い場所だったためこのようなことが起きたのだ。
そのまま電話が転送されるのを待ち、愛媛県の救急とのやり取りが始まる。
救急(愛媛)「場所はどこですか」
自分「大座礼山のこの登山口の標高何mの・・・」
救急(愛媛)「いやそこは高知県の管轄ですね。高知県の救急に戻します」
ええ・・・。
改めて手元の地図を確認する。 確かに県境近いが明らかにここは高知県側だった。 最初に繋がった高知県の救急には正確な場所がうまく伝わらなかったのだろうか。
一刻も早く来て欲しい自分としては若干の苛立ちも覚えたが、この脱水症状自体が自分の不手際で招いた状況なのもあり、ぐっと我慢して救急車の到着を待った。 それから1時間半程だったか、沢音だけが響いていた夜の山中にエンジンの音が混ざった。
しばらくして近くで車のドアを開ける音がして人の足音が近付いてくる。 テントの外から声をかけられた。 もはやどんなやり取りをしたか忘れたが、安心して涙が流れたのはよく覚えている。
救急車のものと思っていたエンジン音は警察車両のものだった。 未舗装路だったため救急車が入れず、警察車両にも応援を頼んだそうだ。 自力ではテントから出ることもできなかったので、助けを借りて引きずり出してもらう。 両脇を支えられてゆっくりと警察車両まで運ばれ、少し先の舗装路で救急車に載せ替えられた。
そこから再び1時間半程かけて町の病院へと運ばれた。
病院のベッドに寝かされ、腕には点滴のチューブが繋がれた。
透明な液体がじっくりと時間をかけて体の中へ入り込んでいく。 1パック目の点滴が終わると2パック目、そしてやがて3パック目が投入された。 1パックあたり1リットルだと言っていたので、3リットルの水分が体内に投入されたことになる。
そして病院に運び込まれてから9時間、久しぶりの尿意を覚えた。
思えば昨日寝る前にトイレに行ってからもう15時間は経っているか。 その間まったく尿意を感じなかったというのも明らかに異常だ。 それほど大量の水分が失われていたということだろう。 担当医師は「血液が炎症を起こしている」とかなんとか言っていた。
点滴で水分が補充されたおかげか、ずっと続いていた気持ち悪さはなくなっており、支えを使えば自力で立てるぐらいには回復していた。 そのまま退院も可能だと言われたが、大事を取って1泊入院をお願いすることにした。
今回このような酷い脱水症状が出てしまった根本的な原因は、昼間に水分をあまり摂らないまま10時間以上の長時間に渡り歩き続けてしまったせいだ。
しかしそうなってしまったことには理由がある。
8月という真夏の時期ではあったものの、この日は朝から小雨が降り続き、さらに標高による気温の低下も相まって非常に涼しい一日だった。 山を歩くのに極めて快適な気温で、大して汗をかくこともなく非常に高いパフォーマンスを維持することができていた。 そのおかげで10時間を超える非常に長い行動時間となってしまったというのがまずひとつ。
もうひとつは高い湿度と小雨の影響で喉の渇きに気付かなかったこと。 普通はどれだけ快適な気温でも10時間歩けばかなりの水分を消費するし、喉の渇きもかなり感じるはずだ。 しかしずっと小雨の中で行動していたため、口の中がしっとりとした状態に維持されて喉の渇きをほとんど感じなかったのだ。 そのせいで行動中の水分補給が完全におろそかになってしまった。
そして最後に、テントで寝る前にしっかりと水分を摂らなかったことだ。 食欲が湧かずに食事を止めた時、固形物だけでなく水分も摂らないままにしてしまったのが最大の失敗だろう。 あの時せめて水分だけでもと十分な飲み物を摂っていればここまで酷い状態にはならなかったはずなのだ。
その後改めて脱水についていろいろと調べて見たが、自分が思っている以上に危険な状態だったのだとわかった。
これは江崎グリコが公開している脱水症状に関する記事だ。 この中に失われた水分の量に対して現れる症状の一覧がある。 その中から一部抜粋したものが以下だ。
水分損失率 | 症状 |
---|---|
6% | 手足のふるえ、ふらつき、熱性抑鬱症、混迷、頭痛、熱性こんぱい、体温上昇、脈拍・呼吸の上昇 |
8% | 幻覚・呼吸困難、めまい、チアノーゼ、言語不明瞭、疲労困憊、精神錯乱 |
自分の症状と照らし合わせればこの水分損失率6%の症状に該当するものと思われる。 自分の体重は65kg程で、その6%なら3.9kgだ。 4リットルもの水分が失われていたと言われても実感が湧かないが、病院で点滴を3リットル入れたことを考えれば実際にそうだったのだろう。
そこからもう一段階上の水分損失率8%の項目には幻覚や呼吸困難、言語不明瞭、精神錯乱とかなり物騒な単語が並んでいる。 もしここまで症状が進行していたら救急車を呼べたかどうかもわからない。 そのまま野垂れ死んでいたかもしれない。
この記事によれば、さらに脱水が進めば最終的には死ぬと書かれている。 言われてみれば当たり前の話ではあるのだが、それを意識できていたかと聞かれればNOと答えるしかない。
人間が喉の渇きを覚えるかどうかは周囲の環境や体調、精神状態にも左右される。 実際には体内の水分が不足しているのに、状況によって喉の渇きを感じられない場合があるのだ。 自分の体に関してすら、意外と人間の感覚は当てにならない。
今回の経験をしてから、登山中は「喉が渇いたら水分を摂る」のではなく「一定時間行動したら無条件で水分を摂る」というように行動を切り替えた。 またキャンプ地を定めたら、食事前に1回、食事後にもう1回、必ず飲み物を摂るようにした。
それ以来、登山中に酷い脱水症状を起こしたことは今のところ一度もない。
ちなみに今回は幸いにもキャンプ地が林道沿いであったこと、スマホの電波が入る場所だったことによって事なきを得た。 しかし山の中で自力で行動できなくなるというのは非常に危険な状態であるということを覚えておかなければならない。 そうならないためにもしっかりと人間の体を理解していかなければならないと思わされる出来事だった。