北海道を歩き始めて9日目の1月18日。 黒松内のライダーハウス武田牧場で大雪の回復待ちと休息を兼ねて3泊の停滞をした次の朝。 結局雪は止まなかったが、多少緩んできた気配があるので出発することに決める。
ずっと雪が降り続いている割に道は綺麗に除雪されている。 さすが雪国といったところか。 おかげで歩きやすくて助かる。
国道沿いの道の駅くろまつないでピザを食べていく。 一番人気と書かれたブルンネンというピザを注文。 これが大当たりだった。 文句なしに絶品。
チーズやブルスト(ソーセージのこと)、ベーコンは黒松内産と書かれている。 調理に拘っているというのもあるだろうが、地産地消だからこそより美味しく感じるという面もあるだろう。 これは是非機会があれば食べてみてもらいたい。
天候の回復に期待していたものの結局ほぼ一日中雪が降り続いた。 そんな中で山間部の道を歩くのはなかなかに怖いものがある。
雪で埋まった道路には歩道があるかどうかすらわからず、車線を示すラインも雪の下。 雪とガスで視界は数十m程度しかない。 法律上は右側を歩くべきかもしれないが、こうした道では登りでは左側を、下りでは右側を歩くようにしている。 車が登っている側にいたほうが万が一の際に車が制動をかけやすいからだ。
蘭越の町に差し掛かる。 黒松内からニセコまでの間は基本的に農業地帯なので風景にあまり変化がない。 集落も基本的に住宅街なのでこれと言って目に付くものは少ない。 晴れていればまた違った景色が見れるのだろうが、この天気ではそれも叶わない。
蘭越を過ぎるとニセコ町に入るひとつ手前に昆布町という町がある。 面白い地名だが由来ははっきりしていないらしい。 昆布駅に昆布駐在所、昆布川に昆布岳といったものもある。
地元の人に聞かされた話では「アイヌが移動する際に目印としてシラカバの木に昆布を巻き付けていたから」などというものもあったが、これも信憑性については何とも言えない。 他にもいくつか説があるようだが、これといって決め手になるものはないということだ。
昆布駅から国道5号線を10㎞程歩くと道の駅ニセコビュープラザがある交差点に出た。
その交差点横に石窯パンマルシェHARUというパン屋を見つけたので入ってみる。
店内は広くてテーブルスペースも用意されていた。 だいぶ歩き疲れていたのでランチがてら休憩していくことにする。 手の込んだ美味しいパンが揃っていて、パン好きにとっては嬉しい限りだ。
ニセコはスキーで有名な土地だけあって雪が良く降る。 道路脇には除雪された雪が山のように積み上げられ、あちこちの屋根という屋根には分厚く雪が載っている。
スキー好きな人にはたまらないだろうが、旅をするにはちょっと雪が降りすぎる。 適度に晴れ間があった方が景色が楽しめて嬉しいのだが、そういう気候なので致し方ないか。
ニセコ駅近くで国道を一度離れ、ニセコアンヌプリの麓の道道343号線を進んでみる。
ニセコアンヌプリはその東側にある後方羊蹄山と並ぶこの辺りの代表的な山だ。 スキー場が多く冬でも多くの人で賑わっている。 「ニセコは雪質が良く外国人がスキー目的で移住してくるほどだ」という話を聞いたことがある人もいるのではないだろうか。
ニセコ町から倶知安町に入って少し進むとがらりと雰囲気が変わった。
小洒落た雰囲気の建物が並び、人の数も急に増えた。 道行く人はその多くが外国人だ。 町並みの奥にはニセコアンヌプリのスキー場が見える。 それを目的とした人たちだろう。
富裕層向けのエリアなのか、道沿いに見える店はどれも軒並み値段が高い。 そんな中にも我らが味方セイコーマートが店を構えていた。 セイコーマートとしては他の店舗と同じ価格帯で販売しているようだが、この界隈ではやたらと安く見える。 そのせいで客が多いのかどうかはわからないが、商品の積み方が半端ではなかった。
それにしても想像以上に雪が降る。 今日は気温がやや高めなので雪がしっとりしていて体にまとわりつく。 こういう時はもっと気温が下がってくれた方がむしろ快適なのだが。
倶知安の町を抜け、広大な農業地帯を突っ切る国道393号線へ入る。 黒松内で雪が降り始めて今日で6日目。 ずっと雪が降り続いている。 今日は風もかなり強く視界はだいぶ悪い。
平坦な農地が途切れて山間部へ入り、そこから何もない峠道が15㎞続いた。 視界はかなり悪く、除雪された道の端を最大限注意しながら進んで行く。 車の気配を感じたら立ち止まり道路脇に積まれた雪に乗るようにして大きく避ける。 いくら法律で歩行者が守られていようと物理的な事故まで防いでくれるわけではない。 残念ながらドライバーの中には真冬のこんな場所に歩行者がいるわけがないと思い込んでいる人も確実に存在する。
峠を越えて今度はひたすら長い下り道を進んでいると、いつの間にか日差しを感じるようになっていた。
峠のトンネルを抜けると倶知安町を離れて赤井川村に入る。
道の脇には「ようこそ赤井川村へ」と書かれた看板が立っていた。 その下には「赤井川村は日本で最も美しい村連合に加盟しています」とも書かれている。 最も美しい村連合とはなんだろう。 でもそれに加盟するぐらいならきっと美しい村なのだろう。 この先の風景が楽しみだ。
長い峠道を延々と下り、その先に道の駅が見えてきたときには本当にほっとした。 何時間もずっと車に注意を払いっぱなしで本当に疲れた。 いつの間にか昼をだいぶ過ぎていて空腹感も強い。
ひとまずその道の駅あかいがわの食堂でワンコインランチを注文。 閉店間際で半額になっていたパンも何個か買ってエネルギーを補給する。
道の駅から2㎞ほど西に進み、そこから道道36号線に沿って北向きに曲がる。 山の間を抜けて行くとその先には山に囲まれた平坦な盆地が広がっていた。 赤井川カルデラだ。 ニセコ辺りで地図を見ていた時にこの地形が気になり、それでこの赤井川村に足を運んでみようと思ったのだ。 カルデラ外輪山に囲まれた平野部に農地が広がっていて、その中心付近に集落ができている。
そのまま道なりに進み村の中心地に出る。 今日はまだだいぶ時間が早いが、ここ数日歩き通しで疲れたので少しゆったりと過ごしたい。 昼前ではあるが温泉を見つけたので温まっていくことにする。
休憩スペースでくつろいでいると、食堂のおばちゃんが差し入れをくれた。 手にした椀の中にはスープがかけられた玉ねぎが丸ごと入っている。 ラーメンのスープを仕込む際に煮込んだ玉ねぎで、かかっているのはラーメンのスープだそうだ。 元々は出し殻なので客に出すものではないのだろうが、これが中までホクホクで実に美味しかった。
温泉の後はランチ。 近くにあるながぬま農園カフェ リン・フォレストへ足を運ぶ。
季節のピザとかぼちゃプリン、それにブルーベリーサイダーを注文。
ここは農園が経営しているカフェだけあって素材には強いこだわりがあるようだ。 季節のピザはキタアカリとソーセージがメイン。 キタアカリはジャガイモの品種のひとつで、味がはっきりしているのが特徴。 このピザはそれを生かすためなのか味付けを控えめにしてあって、キタアカリそのものの風味をしっかりと味わうことができた。
暗くなる前にと、寝る場所を探すついでにカルデラ展望所へ立ち寄っていく。 北側のカルデラ外輪山にある展望スポットだ。 今では峠の下にトンネルが通っているため峠道を使う人もほとんどいないようだが、この景色を見るためだけにでも訪れる価値があるだろう。
カルデラの中心には村の機能が集中していて、それを囲むようにカルデラ内へ農地が広がっている。 外輪山の奥にある雲を被った山は後方羊蹄山だ。 そのすべてが白く雪を被っていて、何か日本ではない別の世界を見ているような気分にさせられる。
赤井川村のカルデラ展望所から峠を北に下りていく。 しばらく行くと遠くに日本海と余市(よいち)町の町並みが見えてきた。
余市の駅近くで腹ごしらえ。 冬の間臨時で手伝いにきているという気さくな天ぷら職人が揚げる天ぷら盛り合わせを食べる。 店自体も仮設のようなので、果たして次の機会があるかどうか。 一期一会の出会いだったのかもしれない。
道すがら立ち寄った道の駅スペース・アップルよいち。 なんとも不思議な名前だと思ったらちゃんと理由があった。
スペースの方は宇宙のスペースで、宇宙飛行士の毛利衛さんが生まれたのがこの余市であることから付けられたそうだ。 アップルはそのままリンゴのこと。 明治時代に政府主導の政策で日本で初めてリンゴの生産が行われた。 その際に対象となった地域のひとつがここ余市なんだという。 今でこそ青森や長野がリンゴの名産地として有名だが、ここ余市でも引き続きリンゴの生産は行われている。 他にもブドウやサクランボなどの様々な果物の産地となっているようだ。
どうやら冬期閉鎖中のようで、残念ながら建物内の展示を見ることはできなかった。
日本海沿いの国道5号線に入り東へ、小樽方面へ進む。 途中渡った川の看板。 畚部川と書かれている。
漢字だけだったら絶対に読めない自信があるが、幸いフリガナが打ってあった。 「ふごっぺがわ」と読むらしい。 アイヌ語で「浪声高き所」という意味のフム・コイ・ペが由来だと書かれている。 これは荒れる日本海のことを指しているのだろうか。
実際のところはわからないが、今日の日本海はだいぶ荒れていた。 赤井川村から余市町にかけての3日間は割と良い天気に恵まれていたが、今日になって再び雪が降り出している。
そんな中でトンネルはちょっとした安全地帯だ。 風も弱まるし雪もないので歩きやすい。 しかし出入口周辺は注意が必要だ。 トンネルを出てすぐの場所は落雪の危険がある。 最初気付かずにトンネルを出てすぐのところで休んでいたら、通りすがりの人が「落雪があるからトンネルの中に入るか少し離れるかするように」と教えてくれた。 考えてみれば当たり前なことも雪国に慣れていないと意外と気付かないことが多い。
荒れた日本海に沿って歩き続けるとやがて小樽運河近くまで辿り着く。
小樽では久しぶりに知人の経営するゲストハウス、小樽山小家BACKPACKERSを訪れた。 今日はここが宿となる。 オーナーは生憎不在にしていたが、夕方には戻るとのこと。
取り合えず荷物を置かせてもらい、夕方まで小樽運河周辺へ散策に出る。
冬の小樽は2度目だが、前回に引き続き今回も天気が悪い。 北海道も本州と同じで日本海側は冬になるとどんよりした天気が多いらしい。 なかなか晴れた冬の小樽というものには出会えないものなのかもしれない。
運河沿いのレンガ倉庫は何かしらの店舗に再利用されているものが多い。 その暖房の熱によるものだろう、屋根の雪が融けては凍ってを繰り返し凶悪な氷柱を作り出している。 見たところ長いもので2mはあるのではないか。
一度観光エリアから離れて静かな路地へ足を踏み入れる。 真冬のこんな天気でも運河周辺にはそれなりに観光客の姿が見られたが、少し離れてしまえば静かなものだ。
ぐるりと回って小樽駅前に戻り、伊勢鮨駅中店へ。 ここは以前小樽に来た時教えてもらった店で、なんとも珍しい寿司の立ち食い店だ。
立ち食いと言っても安っぽいものではなく、カウンターの中では寿司職人が非常に丁寧な仕事でひとつひとつ寿司を握ってくれる。 ここは小樽の町中にある同名の伊勢鮨の支店なのだそう。 本店の方は本格的な寿司屋のようで、今回のような貧乏旅行で入れる感じの店ではない。 しかしこちらは少量からでも気軽に握ってもらうことができるので少ない予算でも楽しめるのが有難い。
今回はマグロ、サーモン、ニシン、穴子の4貫を注文。 ひとつずつじっくりと味わって食べる。 いつか本店の方にも行ってみたいものだが、果たしてその日は来るのだろうか。
一夜明け、観光エリアを眺めつつ札幌方面へ向かう。
周辺には観光客向けの様々な店が並ぶ。 しかしこちらは超大型ザックを背負ったバックパッカースタイル。 なかなか店に立ち寄る気にはなれず、どこへ入ることもなく郊外へと進んで行った。
今日も今日とて雪が降り続く。
今日の雪は特に粒が大きく、湿り気味でぼったりとしている。 雲も相当に厚いようで真っ昼間にも関わらず夕方のような薄暗さだ。 北海道も本州と同じで冬の日本海側はどんよりした天気が多いと聞いてはいたが、実際に体験してみるとなかなかに気が滅入る。 しかしこうしてその土地の本当の姿を体験できるのもまた旅の醍醐味のひとつだ。 これを楽しめないようではまだまだ旅人としては未熟なのかもしれない。