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2020年 冬の屋久島歩き旅

05. 宮之浦から屋久島灯台へ

05. 宮之浦から屋久島灯台へ

島一周の始まり

民宿やくしま89でリフレッシュした翌朝、再び荷物を背負って歩き始める。

屋久島にはその外周をぐるりと繋ぐ車道があるので、これを一周してみようと思う。 宿の御主人がまだ子供の頃は未舗装だったそうだが今では全て舗装されているらしい。 歩くのであれば未舗装のほうが好きだが、今の時代では仕方ないことだろう。

周る方向は反時計回りにすることにした。

中に入りたい猫
終わりかけの桜

宮之浦の港を通り過ぎると少しずつ人工物が減っていく。 所々にぽつぽつと建物はあるが、住居というよりは何かしらの施設のような物が多い。 道沿いで何度か桜の木を見かけるが、まだ2月も前半だというのに花はすでに終わりかけていた。 この様子だと満開だったのは1週間近く前だろうか。 地元神奈川と比べると2ヶ月は季節が早い印象だ。

緑の回廊

泊川ビロー公園
〒891-4205 鹿児島県熊毛郡屋久島町宮之浦

宮之浦の集落を離れて少し進むと道沿いに「緑の回廊」と書かれた看板が立っていた。

その近くには泊川ビロー公園があり、その公園から道を挟んだ反対側に遊歩道の入口のようなものが見える。 これが緑の回廊だろうか。 ちなみにビロー公園のビローとはヤシ科のビロウという植物のことだと思われる。

遊歩道の入口のようなもの、と言ったが、というのもびっしりと背の高い草が生い茂り遊歩道なのかどうかもよくわからないような状態だったからだ。 棘のある草も多く掻き分けて入るのもなかなか勇気がいる。 入口の前でしばし逡巡したもののやはり気になるので少しだけ様子を見に行ってみることにする。

棘で怪我をしないように慎重に草藪を掻き分けていく。 もうかなり長いこと手入れをされた形跡がなく、草が伸び放題になっている。 30m程進んだ先で藪が薄くなり、ようやく少し遊歩道らしくなってきた。

縦横無尽に枝を伸ばす木
ガジュマル

何の木かはわからないが、ぐねぐねと枝を伸ばす面白い形をした木があった。 これはなかなか見応えがある。 屋久島では定番だが大きなガジュマルもあった。 さらに奥に進むと再び藪が酷くなったのでそこで引き返したが、数百m程の遊歩道が整備されているようだった。

今の時代では観光地の見所や評価などの情報が簡単に手に入るので、こうした言ってみれば「割と楽しめる」程度の場所に人が訪れることが少なくなってしまったように思う。 評価の高い場所にだけ人が集中してそれ以外の場所はだんだん忘れ去られていってしまう。 しかし例え他人の評価が低くても、もしかしたら自分には興味深いものが見つかるかもしれない。 その可能性すら切り捨ててしまうのは少々勿体無い事のように思える。

志戸子集落

志戸子集落の入口
廃校となった志戸子小学校
志戸子

宮之浦集落のひとつ西隣り、志戸子の集落に差し掛かる。 ローマ字でShiToKoと打ってある。 最初何と読むのかわからなかったが素直に「しとこ」と読めばいいようだ。

道沿いには志戸子小学校跡。 昭和48年3月閉校記念と書かれている。 生まれるよりだいぶ前の話だ。

志戸子の集落から山を望む
廃屋

適当な道を曲がって海の方へ向かう。 集落の中を抜けるが人の気配がほとんど感じられない。 皆仕事に出ているのか、あるいは空き家が多いのか。

港にいた猫
港にいた猫

そのまま港へ出ると出迎えてくれたのは野良猫だった。 何かよこせとでも言わんばかりにこちらを見ているが残念ながら何もあげられるようなものはない。 海沿いにはカフェがあると地図に載っていたので行ってみたのだが残念ながら定休日の看板が出されていた。

志戸子の集落

他にも一服できる店が無いか探してみたが見当たらないので元の道に戻る。 集落を離れて少し行くと集落全体を俯瞰できる場所があった。 集落は海岸沿いのそれなりになだらかな土地に作られている。 周囲は起伏の大きな地形に囲まれているのでそこしか集落を作る場所がなかったのだろう。

一湊集落

スミレ
道端の仏像
一湊

志戸子の集落を離れると道沿いには再び深い森が広がる。 今でこそこうしてしっかりした道で繋がっているが、集落ができた頃には他の集落との間にあったのはせいぜい山道程度だろう。 海沿いを歩けば良いと思うかもしれないが、屋久島は基本的に険しい海岸地形が多いので海岸沿いに歩くのは非常に難しい。 というより無理だろう。 あるいは別の集落へ行くためには船を使っていたのかもしれない。

矢筈嶽神社

昼頃には一湊の集落が見えてきた。 集落の入口付近には北に延びる小さな半島がある。 その付け根に一湊海水浴場があり、半島の方へ入っていくとキャンプ場があるはずだ。 半島の中ほどに目をやると海岸の間近に赤い鳥居が見える。 地図を見ると矢筈嶽神社と書かれている。

当初はそのキャンプ場に泊まって周辺をうろうろしてみる予定だったが、確認したところここのキャンプ場はすでに閉鎖されているそうだ。 神社にも興味を惹かれたがピストンして戻ってくるのも大変なので、半島の方へ入るのは諦めて他に泊まる場所を探すことにする。

手ノ宇都山の展望所

集落の案内板を見ると一湊川沿いを南に入っていくと展望台があり、その先でまた集落の向こう側へ下りていけるような道が描かれていた。 まだ時間も早いのでそちらへ進んでみることにする。 場所が良ければ展望台で泊まるのも良いかもしれない。

手ノ宇都山の岡展望所

少し上ると手ノ宇都山岡展望所と書かれた看板があった。 一湊の集落と先ほどの半島部分が良く見える。 半島の先にある小さな山は矢筈岳というそうだ。 ここからでは見えないがその矢筈岳の向こうには一湊灯台があるはずだ。

手ノ宇都山の無線跡展望所

そこからさらに登っていくともうひとつ無線跡展望所という所へ出た。 先程の岡展望所より視点は高くなったが基本的には似たような風景だ。 ここで泊まるのも悪くないかと思ったが水を確保し損ねたので下りて別の場所を探すことにする。

集落の入口で見た案内板ではこの奥から集落へ下りていく道があると描かれていた。 しかし道なりに進んでいくと道はだんだんと悪くなっていき、やがて行き止まりになってしまった。 ここから登山道でも延びているのかと周辺を探してみるがまったく見当たらない。 一度荷物を置いて捜索範囲を広げてみるが藪が広がるばかりで道らしきものは見当たらない。 GPSと地形図で確認すると少し戻った辺りから山道のラインが延びていたので見に行ってみるが、もはや道が消えてしまったのかやはり見つけることはできなかった。

丸められたシダの葉

変な所へ入り込んで遭難するのも嫌なので諦めて戻ることにする。 だいぶ歩いてきたので入口まで戻るのも面倒だと思っていたら途中でひとつの分岐を見つけた。 往路では気付かなかったが矢印だけが書かれた小さな立て札があった。 試しに少し下りてみると明らかに人の手が入った形跡があったのでそのまま下ってみる。 どうやら何かのレースに使われた道のようで所々で区間を示す張り紙が残されていた。

放置された廃車

地形図には載っていないラインだが割としっかりとした登山道だ。 快適に下っていくとやがて車道に合流できた。 振り返っても登山道の入口を示すような看板は何もない。 知っている人でなければここが登山口だとはわからないだろう。

一湊大浦キャンプ場

一湊大浦キャンプ場
〒891-4203 鹿児島県熊毛郡屋久島町一湊
0997-44-2034

一湊の集落へ戻りどこか食事ができる店が無いか探してみるが、軒並み閉まっていて結局見つからなかった。 仕方ないので先に今日の寝床を探すことにする。

近くのガソリンスタンドで情報収集してみたところ、少し先に一湊大浦キャンプ場という場所があると教えてくれた。 2㎞ぐらい先の海沿いにある温泉併設のキャンプ場だそうだ。 しかし屋久島のこうした施設は冬に休業している場合が多いので一応電話をかけてみる。 誰も出ない。 今度は観光協会にかけて確認してみると「閉めるとは聞いていないのでやっていると思う」との回答を得ることができた。

一湊大浦キャンプ場
一湊大浦キャンプ場

小さな峠を越えて海沿いに出ると大浦の湯とキャンプ場があった。 大浦の湯の建物の前まで行くと12月から3月の間は休館すると書かれており玄関にはしっかりと鍵がかかっていた。 キャンプ場を管理しているのは大浦の湯だというので、つまりはキャンプ場も冬季閉鎖中だということだ。 観光協会の言うこともあてにならない。 キャンプ場に下りてみるとトイレは閉鎖されているものの水だけは出るようになっていた。 今日は正直これ以上歩く元気がないので申し訳ないが勝手に使わせてもらうことにする。

番屋峰

番屋峰

朝起きて天気予報を確認しようとスマホを出したら圏外の表示。 峠のほうへ5分ほど登り返すと電波を捕まえることができた。 午前中は曇りで午後から雨が降る予報になっている。 さて、どうしようかと少し悩んだ結果、午前中は近くの番屋峰に登ってみることにした。

一度テントへ戻って準備をし、番屋峰の登山口へ向かう。 登山口は少し峠の方へ戻った道沿いにある。 昨日キャンプ場へ下りる時に見かけて気になっていたのだ。

番屋峰登山口
番屋峰の登山道

登山道は概ねわかりやすく割と踏まれているように見えた。 軽い散歩にちょうどいいぐらいの距離なのでそれなりに登られているのかもしれない。

番屋峰山頂の小屋
番屋峰山頂の小屋内部

山頂にはコンクリートで作られた小さな小屋。 避難小屋ではなく海外の不審船などを見張るために作られた監視小屋だそうだ。 今ではもう監視は行われていないようだが、過去に使われていたのだろう機材が小屋の中に残されていた。

番屋峰山頂からの景色
番屋峰山頂からの景色

小屋には屋根に登れる階段が付けられていて展望台代わりになっていた。 一湊の集落と青い海、そして深い森に包まれた山並みを眺めることができる。 お手軽に登れる割にはなかなか良い景色だ。

吉田集落

吉田集落の案内板
吉田

一湊集落の先に進むと次は吉田集落がある。 一湊集落の時と同じように、集落の入口には案内板が建てられていた。

「まんてん・平家の里」と書かれているが、「まんてん」というのは2002年にNHKで放送された連続テレビ小説のタイトルだそうだ。 そのヒロインの地元のモデルとなったのがこの吉田集落だという。 平家の里の方は平家の落人伝説によるものだそう。 案内図にある日高神社もその平家の落人を祀っているとか。

日高神社

日高神社

せっかくなのでその神社を見に行ってみることにする。 集落の真ん中を縦に走る道を登っていく。 民家の間を抜ける細い道には鳥居が建てられていた。 すでにここは参道の一部ということだろう。

そのまま登っていくと赤い鳥居が見えてきた。 その奥には小さな神社。 この日高神社は吉田神社とも呼ばれるそうで、平家の落人を祀るのと同時に背後の吉田岳も御神体として祀っているそうだ。

日高神社裏の木

神社の裏手には大きな木が立っている。 ご神木というわけではないのかもしれないがなかなか見応えのある一本だ。

日高神社から海を見下ろす

神社の前に立つと鳥居の向こうに海を見下ろすことができる。 鳥居もボロボロではあるが良く見れば塗料を塗り重ねたような形跡もあった。

吉田集落の海岸

少し集落を見て回った後で海岸に下りてみる。 そこには木を組んで火を焚いたような跡が残されていた。 キャンプファイヤーではないだろうし、何かの行事か儀式が行われたのかもしれない。 誰か知っている人がいれば教えてもらいたかったが残念ながら周辺に人の気配はなかった。

吉田集落

吉田集落を抜けた少し先から集落を俯瞰する。 先日訪れた志戸子集落も似た雰囲気だったが、どちらの集落も川の河口周辺にあるなだらかな地形に作られているという点が共通している。 この吉田集落には吉田川、志戸子集落には志戸子川がある。 地図を見れば一湊集落には一湊川があるし、宮之浦集落には宮之浦川がある。 この先の永田集落にはやはり永田川がある。

上水道が完備された現代では意識することもほとんどないが、集落ができるために最低限必要なものはやはり水源だ。 どれだけ平坦で集落を作りやすそうな土地でも水源がなければそこに集落はできない。 逆に険しい土地でも水さえあれば住み着くことは可能とも言える。 それでもできれば平坦な土地の方が暮らしやすい。 更に言えば海が近ければ漁ができるので食料の調達にも向いている。 そうした理由でこのように河口付近に集落ができていったのだろう。

永田集落

永田集落の入口

島北部にある最後の集落、永田集落に入る。

いなか浜

永田いなか浜
永田いなか浜

この辺りには屋久島では珍しい砂浜のある海岸が延びている。 砂浜の長さは1㎞程にもなるらしい。 屋久島では急峻な海岸地形が多いのでこうした長さのある砂浜は珍しいのだ。

「いなか浜」といえばぴんと来る人もいるかもしれないが、ウミガメの産卵地として有名な砂浜だ。 海は緑がかった深く綺麗な色をしている。 ウミガメの産卵・孵化シーズンは春から夏にかけてだそうで、今はその姿はどこにも見られない。 砂浜のすぐ横には場違いな程立派な宿が建てられていた。 ウミガメ御殿と言っても良いかもしれない。 その季節になれば人が押し寄せるというし、よほど儲かるのだろう。

道沿いの店

一度海岸から離れて道に戻ると一軒の店が目に入る。 大きく「かめ焼き たこ焼き」と書かれているがまさかウミガメを焼いて出しているわけではなかろう。 かめ焼きが何なのか気になりはしたがやはり冬のせいか人の気配がないのでそのまま通り過ぎることにした。

ウミガメを祀る神社

ウミガメが名物だけあってこんなものも。 木彫りのウミガメを祀る小さな社が作られていた。

永田嶽神社

永田神社
永田嶽神社
〒891-4201 鹿児島県熊毛郡屋久島町永田2797

ちょうど昼時なので集落で何か食べられないかと店を探すが、どこもかしこも冬期休業。 半ば予想はしていたが大きい集落でもなければこの季節なかなか営業中の飲食店には出会えない。 仕方ないので昼食は行動食で済ませることにして集落の神社を見に行く。 この永田集落には5つもの神社があるそうだ。 全ては見て回れないがまずは永田嶽神社を見に行くことにした。

土地勘がないので道に迷ってしまったが通りすがりの人に教えてもらい無事に辿り着くことができた。 正面には真っ白な鳥居。 鳥居の形は見慣れたものだがその奥にある拝殿は独特な形をしている。 自分が神社と聞いてイメージする建物とは大きく異なったものだ。 とはいえ屋久島の神社が全てこうした様式をしているかといえばそうでもない。 いわゆるよく見る神社のような建物も多くある。 時代によって様々に変化してきたのだろう。

小山神社

小山神社
小山神社
〒891-4201 鹿児島県熊毛郡屋久島町永田3147

永田嶽神社から少し先にもうひとつ神社があるようなのでそちらにも足を運んでみる。 道中には柑橘系の果樹園が多く見られた。 屋久島と言えばポンカンかタンカンだろうか。

少し山間の方へ入っていくと道の途中にぽつんとその神社が建っていた。 小山(おやま)神社だ。 小さな木造建築の神社で、先の永田嶽神社とはまた雰囲気が異なる。

小山神社の仏像
小山神社にあった縁結びのお守り

鳥居の両脇には2体の仏像があるが両方とも首が取れていた。 廃仏毀釈の際に壊され一度は破棄されたものだそうだ。 頭部は見つけることができなかったのか、あるいは歴史を伝えるためにわざとそのままにしているのか。 賽銭箱の上にはたくさんの貝殻。 「開(貝)運、縁結び」と書かれている。

小山神社の御神体

神社の背後に回ると少し上に小さな鳥居が見えた。 踏み跡のようなものがあったのでそこまで登ってみる。 この小さな鳥居の背後にある大きな岩が小山神社の御神体なのだそうだ。 この岩には縁結びを司る神様が宿っているとか。

西部林道

他の神社も回ってみたいところだったが今回は見送って先に進むことにした。 永田集落を抜けると西部林道へ入っていく。 実際にはここまでの一般道路と林道とはそのまま続いているのでどこからが西部林道なのかはよくわからなかったが、まぁだいたいこの辺りからが西部林道なのではないだろうか。

不思議な名前の一キロ川

一キロ川

途中目立たない小さな沢筋にかけられた橋を渡る。 橋にはその大小に関わらず基本的に橋の名前とその橋が架かっている川の名前が書かれている。 橋を渡るときはその名前を見る癖があるのだが、平凡な名前もあれば時々何故そんな名前を付けたのかと思わされるようなものもある。 今回がまさに後者だ。 橋の名前ではなく川の名前の方だが「一キロ川」と書かれている。

今までに色々な川の名前を見てきたがこの手の名前の川は初めて見た。 キロは普通に考えれば㎞のことだろうか。 長さが1㎞の川なのか、あるいはどこかを基準にして1㎞の距離にある川という意味なのか。 ネットに情報が溢れているこの時代だがいくら検索してもこの川の情報は見つからなかった。 誰かこの川の由来について知っている人はどこかにいないものだろうか。 もしいたら是非教えてもらいたいものである。

屋久島灯台とヤクザル

知性
ヤクザルの子供
屋久島灯台
〒891-4201 鹿児島県熊毛郡屋久島町永田

やがて屋久島灯台への分岐点に辿り着くと、そこで出迎えてくれたのはヤクザルの群れだった。 車道のど真ん中でのんびりとくつろぐヤクザル達。 子連れも多いがさほど警戒されている様子はない。 中には軽く威嚇してくる者もいるが概ねのんびりとした雰囲気だ。 思い思いにじゃれ合ったり毛繕いをし合ったりしている。 人に慣れているようではあるがそれでもできるだけ刺激しないように静かに通り抜けた。

しばらく下り基調の道が続くと終端に屋久島灯台が建っていた。

屋久島灯台
屋久島灯台の碑

灯台前の広場には「点灯百年」と彫られた石碑があり、その歴史が簡潔に綴られている。 この屋久島灯台は台湾航路の開設を目的に建設が開始され、明治30年に完成したそうだ。 総工費は約五万一千円と書かれている。 明治30年は1897年になるので120年程前に建てられたということだ。 現在は電気が通っているので無人で制御されているが、以前は灯油を使用していたそうで管理のために人が住み込んでいたと聞く。 今でこそ車で通うことも難しくないが、明治や大正の時代にそんな便利なものがあったとも思えない。 周囲に森と海しかない環境で一年中灯台の管理をし続けるというのはいろんな意味で過酷だったことだろう。

屋久島灯台下の海岸

灯台から戻る途中で海岸に下りられそうな道を見つけた。 海岸に砂浜はなく、岩場が広がっている。 晴れていればなかなか楽しそうな場所だが、今にも雨が降り出しそうなので戻って寝る場所を探すことにした。

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