2020年の冬、屋久島の山の中と海沿いをひたすら歩く旅をした。
最初から全て歩くことに拘っていたわけではないが、途中でどうせなら全部歩き通してみようと思い立ち、結果的に歩き旅となった。 島に渡ってから島を出るまで、歩き以外の移動手段を使うことは一度もなかった。
屋久島へ渡ったのは1月の下旬。
まずは山に足を踏み入れる。 ずっと気になっていた龍神杉、以前訪れたことにある縄文杉や宮之浦岳、初めて訪れる太忠岳や石塚山。 ヤクスギランドを経由して荒川歩道から再び縄文杉へ、山の中をぐるりと一周して屋久島の大自然を満喫した。 期待していた雪がなかなか降ってくれずやきもきしたが、それなりに雪山を楽しむこともできた。
山では17泊して食料が尽きるぎりぎりまで粘り、しかしやがてそれも尽きて一度下界へ下りる。 その後は島の外周を一周歩いてみることにした。
宮之浦港近くの宿から島を反時計回りに回る。 回る向きに深い意味はない。 屋久島灯台を経て西部林道を通り島の南側へ抜ける。 大川の滝、千尋の滝、モッチョム岳や愛子岳に寄り道しながら再び宮之浦に辿り着いた。
だいぶ歩き回ったのでもういいかとも思ったが、もう一度龍神杉を撮っておきたくなって再度山に踏み込んだ。 最初に見に行った時は雨とレンズの結露で写真がほとんど撮れなかったからだ。 そして無事にその姿をしっかりと写真に収め、思い残すことはもうないとばかりに山を下りた。
気付けば島に入ってから1ヶ月が経過していた。
この地図は今回の旅の行程図となっている。 簡単に目を通してから続きを読んでもらうとイメージが湧きやすいかもしれない。
屋久島には過去に二度訪れたことがある。
一度目は2005年の夏こと。初めて長旅をしたその終盤に屋久島を訪れた。 神奈川から西に向かう旅の途中、確か静岡あたりの喫茶店か何かで流れていたテレビ番組で屋久島が紹介されていたのだ。 芸能人が縄文杉を見に行くという企画だった。 その番組を目にして以降どうしても屋久島のことが頭から離れず、当初予定していたゴールの岡山を通り過ぎ、さらに鹿児島まで足を延ばすことにしたのだ。
その上で勢いに任せ宮之浦岳までをも目指した。 ジーパンに綿のTシャツという、今思えば夏の屋久島には最悪の装備で登山に挑み、それでもなんとか2泊3日の行程で宮之浦岳の登頂を果たした。 登山経験もないのによくもまぁあんな無茶をしたものだと思うが、まさに若気の至りだったのだろう。 おかげで死ぬほど苦労したわけだが、しかしその道中で目にした光景は実に素晴らしいものばかりだった。 何千年か何万年か、あるいはそれ以上に長い時間をかけて形作られた原生林、その中に佇む縄文杉から感じる生命力と力強い存在感。 疲労困憊で辿り着いた宮之浦岳の山頂では奇跡的にガスが抜け、深い森に包まれた屋久島の山並みが眼下に広がった。 巨岩の点在する緑色の山肌を白い雲が滑るように流れていく。 初めての長旅、初めての登山で巡り合ったその絶景にいたく感動したのをよく覚えている。
二度目はその10年後、2015年の冬だった。 今度は冬の屋久島を見てみたくなって再び足を運んだ。 最初の旅から後あれこれあっていつしか登山をするようになっており、体力的にもかなり充実していた頃だ。 宮之浦港から歩き始めて真っ白な雪で覆われた宮之浦岳を越え、花之江河を経て島の南側にある尾之間へと下っていった。 海抜ゼロから島の、いや九州の最高地点を越えて再び海抜ゼロへ。 冬の屋久島を完全に徒歩で縦断することに成功した。
いずれの旅も非常に充実した素晴らしい旅だったのだが、しばらく経ってからあることに気付いた。 まともな写真が残っていない。 二度目の際はしっかりしたカメラを持って行ってはいたものの、まだ写真を始めたばかりで技術的に未熟だった。 素晴らしいシーンはいくらでもあったはずなのに、それを伝えるに足る写真はほとんど残っていなかった。 写真にさほど入れ込んでいなかった時は大して気にも止めなかったのだが、最近どうにもそれが気になって仕方がない。 今でも熟練したと言えるほどの写真の腕があるわけではないが、当時に比べればだいぶマシになっているのではないか。 今ならあの時写し取ることのできなかった風景を上手く写真に残せるのではないか。
そう考え始めたらもう我慢できなくなっていた。
そうして二度目の屋久島からさらに5年後、2020年の冬に三度目の屋久島旅は始まった。
屋久島は年明けの1月上旬に入る予定で考えていた。 年越しは愛媛県の石鎚山にある成就社で年越しの手伝いをして過ごし、それが終わったらすぐに屋久島へ渡るつもりだった。 しかし石鎚山での手伝いが終わってすぐ、インフルエンザに罹って一週間寝込んでしまった。 症状が完全に治まるのを待ち、さらに数日体を休めてから改めて屋久島へ向かった時にはすでに1月の下旬に差し掛かっていた。
道中立ち寄った宮崎県の駅ではすでに早咲きの桜が咲いていた。 それでも冬はまだ長い、と言いたいところだが屋久島は亜熱帯の島だ。 あまりのんびりしていては早々に春を迎えてしまうだろう。
鉄道とバスで鹿児島県の谷山港へ向かい、そこから屋久島行きのフェリー「はいびすかす」に乗り込む。 谷山港まで移動するのはやや面倒だが、このはいびすかすは夜行便のため朝7時に屋久島に到着できるのが便利なのだ。 他にも鹿児島本港から出る「フェリー屋久島2」というものもあるのだが、こちらは昼行便なので屋久島に到着するのは昼を過ぎてしまう。 やはり朝早くから行動を開始できるというのは大きなメリットだ。
冬なので屋久島も観光的にはオフシーズンなのだろう、船内はかなり空いていた。 そのおかげでゆっくりと休むことはできたものの、快眠が過ぎてすっかり寝過ごしてしまった。 早めに起きてゆっくりと屋久島へ近付いていく様を甲板から眺めようと思っていたのに、船員の声で目が覚めた時にはフェリーはすでに屋久島の宮之浦港へ入っていこうとしていた。
それからわずかな時間を経て2020年1月24日の朝、フェリー「はいびすかす」はほぼ定刻通り屋久島の宮之浦港へと着岸した。